陽キャと陰キャのカメラ写り

※完全に私の偏見に基づいてのつぶやきです。
最近友人と旅行に行った。
(記事の書き始めからだいぶ経ってしまったので、最近ではないが笑)
そこで、ふと、陽キャと陰キャの違いってここを見れば一発でわかるのでは?と感じたことがあった。
まず、私は生粋の陰キャである。
アラサーなのでこれまでの人生経験により、コミュニケーションをとらなければいけない場面では、普通にコミュニケーションをとることができるし、なんなら楽しくなくても楽しげに会話をすることだってできる。
しかし、根っこは完全な陰キャなので、そのようなコミュニケーションの場は苦痛でしかない。
というか、ただただだるいと思ってしまう。
はきはきと話したり、楽しげに会話したりする私の姿を見て、陽キャだとは思われずとも、「うわ、こいつ陰キャだ」とも思われていないという自負がある。
しかし、私は紛れもなく“陰キャ”である。
“陰キャ”なのか“根暗”なのかは定義づけがあいまいでわからないが、完全にそっちの分類の人である。
陰キャの私(と私の友達)は旅行に行っても、そもそも写真を撮らない。
写真を撮らなかった過去を悔いて、思いでを残すべく、できるだけ撮ろうと試みているのだが、それでも今どきの若い陽キャ女子の足元にも及ばない程度である。
そして、ここが問題だ。
写真を撮るときに、顔の作り方がわからない。
撮った写真を確認してみると、笑ったつもりでも全然笑っていないなんてことはざら。
その時を楽しんでいたことは確実なのに、写真からは楽しんでいる雰囲気が一切伝わってこない。
顔が引きつっているというか、真顔に近いアルカイックスマイルかというところである。
写真は未来に残るものなのに、こんなんじゃだめだと思い、自宅で笑顔を作る練習をしてみる。
鏡を見ながらだと、そこそこいい感じの笑顔が作れて、
「お、私案外かわいいじゃん☆」
と思い、
次こそはこの表情で写真に写るぞ!と心に誓うのだが、いざ、写真をとってみると表情が硬くなり、まったく成長が感じられない。
結構派手に笑ったつもりでも、幸が薄そうなかすかな笑顔(ほぼ真顔)なのである。
これは自分が思っている以上にがっつり笑顔を作らないと、笑った顔で写真に写れないんだ。
と何回も悟っている。
しかし、やはり成長はない。
陽キャと陰キャの話をするのに遠回りしてしまったが、つまり、陰キャは写真写りが残念なことが多いということが言いたかったのである。
逆に、陽キャは写真に写るようのばっちり決め顔を持っており、いつでも瞬時にその顔を作れるのだ。
陽キャたちが写った写真は90%以上の確率で、歯を見せて笑っている。目も細くなっている。
「顔がクシャッとなる」というやつである。
心の底から楽しい時、おもしろい時にする表情だ。
すごい。
破壊力すごい。
なんで、あんなに笑えるのだろう。
何が楽しいとあのような“THE はじける笑顔”になるのだろう。
楽しい瞬間を純粋な心で「楽しい!」と楽しむことができるのも陽キャの特質だと思う。
私はというと、
「こんなことを楽しんでるなんて周りからどう思われるだろうか」
「いやいや、そこまでは楽しくないだろ」
「うわー、楽しんでる自分に酔ってそう」
とか、穿った見方・考え方をしてしまう。
自分を俯瞰して見てしまうのだ。
これはこれで陰キャあるあるの思考方式であると思う。
旅行先での写真を通しての気づきを書いてみた。
これから陽キャになることはできないし、それを望んでもいない。
しかし、最低限そういう写真を撮ってる人を馬鹿にすることだけはやめようと思う。
(←目標がくそほどに性格悪い)
“楽しく生きる”とは人生最難関ミッションであると思う。
その瞬間を写真に記録することはもっともっともっと困難なことだ思う。
しかし、後で見返したときにしっかりと笑っているほうがいい(当たり前)。
めげずに笑顔の練習をしよう。
そしてそれ以上に、
笑顔にならずにはいられないという状況を友人と作っていきたいと思う。