
近所に八百屋がある。
実家と今の自宅がかなり近いので、この八百屋さんも生まれてこの方(大学在学中と就職したころ)を除いて、ずっと近所にあったわけだが、
自分が家庭を持ち、少しだけ実家の時よりも八百屋さんに距離が近くなったということで、
ちょくちょくお世話になっている。
八百屋さんの方も代替わりをして、リニューアルオープンをしたり、新しい試みをしたりと、この時代に生き残っていくべく様々な工夫をしていることが見て取れて、応援したくなる。
それにスーパーより安く、よりいいものが手に入るともあれば、私としても本当にありがたい存在なのである。
インスタも始められてお買い得や旬の野菜や果物が紹介されていると、ついつい買いに走ってしまう。
お店を仕切っているのは、若い女性。
ちゃきちゃきしていて威勢が良くて、この雰囲気も八百屋らしいなと思って好きなのだが、
反対におっとりとしたパートのおばちゃん(家族経営っぽいので親戚の方?(適当))という癒しキャラもいらっしゃる。
レジに珍しく列ができていても動じない。
だいたい客層も平均年齢80歳くらいなので、流れている空気がゆっくりなのである。
その日は私の前におばあさんがお会計中で、レジのおばちゃんがゆっくり打ち込みおばあさんがゆっくり袋詰めをしていく。
お金を出すのもゆっくりである。
私もまったく急いでいなかったので、ゆったり構えて待っていたのだが、
そのときレジのおばちゃんが
「あら、素敵な鳴き声の鳥さんだこと」
と。
客:「ほんとだね~」
おばちゃん:「ほんと上手に鳴くね~」
なんなんだ!!この平和な世界は!!!!
確かに私も思った。
きれいな鳴き声だな~と。
それを声に出して、「きれいな声だね~」と言える世界。
とてもいい。
ここで「あ~これは○○という鳥ですよね」などと言えればより会話が広がるのだろうが、残念ながらその分野はてんで知識がないので、
ただただ「きれいな声」ということを楽しむことに全力投球した。
名前も知らない鳥さんがきれいな声で鳴いている。
それだけの方がかえって風流かも、とも思ったり。
こういう日々がいいよね。
これこそが、豊かな生活ってものだよな。
ちゃきちゃきのお姉さんだったら、並んでいるお客さんがいれば鳥の声なんてお構いなしでスピード命でレジ打ちしてくれるだろう。
それはそれでプロ意識を感じて好きなスタイルである。
しかし、おっとりゆったり感性豊かにいろいろなことをキャッチする。
感じた時に、感動したり、言葉にして共有したりする。
そんな生き方が理想的。