ussamのつぶやきダイアリー

日々のつぶやき、美容、ダイエット、本の感想などゆるく書いていきます。

“ゲシュタルト崩壊”の意味はいつでも新鮮

ゲシュタルト崩壊のイラスト

 

 

 

ゲシュタルト崩壊という言葉をご存じだろうか。

 

 

私がこの言葉を初めて聞いたのは、小学生のころだったか…

 

はっきりとは覚えていないが、

ゲシュタルト”という語感の強さにより一回で記憶に焼き付いた。

 

 

何回も同じ文字を書いていて、

今書いている字がパーツパーツで分解されたように見えてきて、

「合ってるか合ってないかわからなくなってきた!!」

と言ったところ、担任だったか親だったか、

 

 

「そういうのをゲシュタルト崩壊っていうんだよ」

と教えてくれたような気がする。

 

 

ゲシュタルト崩壊”という言葉は新鮮だったし、

英語はまた違った外国語感があり、

「これ覚えて同じような状況で使えたらかっこいんじゃね?」

と、ませてくるころの年齢の私は思ったのだろう。

 

スリランカの首都を一生懸命覚えて、得意げに披露する感覚”と言えばわかっていただけるだろうか。

 

 

 

そして、現在30歳になるまでに何度となく、

「うわ~、ゲシュタルト崩壊した!」

とか


「それゲシュタルト崩壊っていうんだよ~(ドヤ)」

とか

 

ゲシュタルト崩壊」という言葉を必要以上に濫用?してきた。

 


その言葉を覚えた最初の頃は、いつ「ゲシュタルト崩壊」という言葉を言ってやろうかということで精一杯だったし(←)、

この言葉を言うだけで満足感と達成感を得ていた。

 

だから、もちろん、「“ゲシュタルト”ってそもそもどういう意味?」

なんて疑問に思ったことがなかった。

 

 

しかし、大学生くらいになってみると、何年も何も思わず使ってきた「ゲシュタルト崩壊」の“ゲシュタルト”について、そういえば意味を知らないで使ってきたけど…

 

ゲシュタルト」って響き的にドイツ語?人名?

というような疑問が湧いてくるのである。

 

 

大学生になってようやく「ゲシュタルト」を電子辞書だったか、インターネットだったかで調べてみるに至った。

 

 

調べてみると、

ゲシュタルト【Gestaly(ドイツ)】
〔心〕部分の寄せ集めではなく、それらの総和以上の体制化された構造のこと。形態。
(『広辞苑』より引用)

だそうだ。

 

 

初めて調べた時には、

「へえ~、ゲシュタルトって人の名前じゃないんだ~」

「へえ~、だから文字がバラバラに見えることをゲシュタルト崩壊っていうんだ~」

などというような感想を抱いたと思う。

 


しかし、私は最近もまた「ゲシュタルト(崩壊)」って人の名前じゃないんだ~と新鮮な気持ちで思ったのである。


心理学に関する本を読んでいたら、ゲシュタルト心理学という項目に説明されていた。

その時に思った。

 

 

あれ?「ゲシュタルト」って前にも調べたことあるよな?

 

 

思い返してみれば、「ゲシュタルト」を辞書やネットで調べたことは少なくとも4回はある。

 

そのたびに、「えっ、人の名前じゃないんだ~」と思うのである。


最初の「人の名前っぽいな」という印象が強すぎて、何度調べても記憶の上書きが割されなかったようだ。

 

 

この「ゲシュタルト崩壊」という言葉について考えて、


どうしても覚えられない英単語ってあるよな~

何回も辞書引いちゃうんだよな~

調べるたびにおんなじ反応しちゃうものってあるよな~

 

と思ったのであった。

 

 

興味がないことについての情報を忘れてしまったりなかなか覚えられなかったりするというのは納得できる。

しかし、

関心があって自ら積極的に調べたことでさえすぐに忘れてしまうというのも不思議だな~とのんきに思ったりするのでした。

 

 

単に私の記憶力が低いだけかもしれないということは気づかないでおこう。

 

 

 

次にまた「ゲシュタルト」を調べるのはいつかな。

 

 


では。

アボカドガチャ

 

2年前、今の職場に移ってから時間と心の余裕ができたため、自炊の頻度も増えた。


“バえる”とまではなかなかいかないが、

“#丁寧な暮らし”の真似事でおしゃれっぽいものをつくってみたりもする。

 

そんな料理に欠かせないのが(←?)

アボカドだ。

 

 

それまでアボカドを自分で積極的に買って調理するということはなかったが、
今こそ、私もちょっとおしゃれな人になるぞ!と思ってアボカドを買うようになった。

 

スーパーで買うのだが、基本的にはばら売りで売られている。

 

毎日食べるわけではないので、1回の買い物でせいぜい1個というところだ。

 

そして、定期的にアボカドを買い始めてわかった。

 

 

 

当たりのアボカドって30%くらいしかないのでは?

 

 


いつもアボカドコーナーの前で2分くらい吟味する。(迷惑)

・色(ちょっと熟れてそうなやつ)

・感触(もちろん強く押したりはしない)

 

さんざん迷って、

 

よし!!君に決めた!!!!

 


買って帰り家でパッカーンと割ってみると…

え…かたくね?

え…ちょっと熟れすぎて黒い部分…

え…ええ…完全に腐ってるうぅ…

と残念パターンもいろいろだ。

 

やったー!あたりだ!と完全に喜べることはあまりない。(←運悪すぎ?)

 


切る前に触った感じでかたければ追熟させることもできる。

が、追熟させても一生かたいやつもある。

残念ではあるが加熱することにより救うこともできる。

 

しかし、問題なのは腐っているやつだ。

一部分だけ変色して傷んでいる分にはその部分だけ取り除いて食べればよい。

 

ただ、切ってみたら全体的に黒ずんでいて所々空洞のようになって白いふわふわ(カビ?)が生えているともうどうしようもない。

 

丸ごと捨てるしかない。

 

丸ごとゴミ箱にポイっとやった時の重量感…

「ボトッ」という音は何とも虚しい。

 

 

これが一つ60円くらいなら「まあはずれることもあるよなっ」と軽く流せるだろうが、この時期のアボカドは税込み250円くらいである。

 

250円のイチかバチかのガチャのはずれは結構堪える。

 

 

250円あったら他の野菜買えたのに…

 


そして、あまりにもハズレが多いものだから、アボカドを買うときの緊張感はどんどん増していく。

 


アボカドコーナーの前で悩む時間は長くなり、

「これにしよっ!」

「………」

「いや、、、やっぱ、、こっちかな?」

「…」

「うーん、でもこっちのほうがあと2日後にはもっといいかな?」

「……」

「わからん!もう最初のでいい!!」

 

と優柔不断MAXを発揮することになっている。

 


アボカドの旬の時期(一応夏?)になると、小ぶりのアボカド約6個入りで600円くらいのやつが売られていて、それは全体のはずれも少ないし、1,2個外れても残りに望みをかけられるのでお気に入りだ。

 

はやくその旬の時期になってほしい。

無駄な緊張感とストレスから解放されたい。

 


最近あまりにひどいアボカドを引き当てたので、この記事を書き始めたが、書いている期間中(どんだけ書くのに時間かかってんだ…)にもう一度買ってみたら見事なまでの当たりだった。

 

一人で「わああ!やった!」と小さく喜んだ。

 

こんな小さことで喜べる時が来ようとは。

 

 

 

そんな小さな幸せに出会うために私はアボカドガチャを引き続ける。

小学校最後の席替え【初恋?】

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ちょっと前の記事で人を好きになったことはないと書いたが、

「初恋は?」と聞かれたら、ぎりぎり思い浮かべる人がいる。

 

では、人を好きになったことがないというのは嘘ではないかと思うかもしれないが、
その初恋と言うのが小学生時代のことだからだ。

 

小学生という時期は6年間もあり、身体的にも精神的にも大きく成長する時期であるが、そうは言ってもまだまだ子供である。

 

男子女子の関係の感覚としても、“男と女”というより“同じ人間!みんな仲良し!”みたいな感じである。

 

誰が誰と付き合った別れたという話がないでもなかったし、生理が始まったりして“男と女”感はゼロではなかった。

 

でもなんとなく、この淡い恋心は“初恋”としてはノーカンにしている(笑)

 

 

 

小学校から高校にかけてどの時期においても“席替え”は一種の心躍るイベントである。

 

席替えのくじを引いて一斉に移動し、隣の席や周りの席の子たちをみて一喜一憂するという経験は誰しもあるだろう。

 

 

印象に残っている席替えは小学6年生最後の席替えである。

 

担任の先生がユニークな人で、最後だからより一層のイベント感を持たせようと思ったのだろう。

 

いつもは番号を書いた紙をくじにして引くという形式であったが、この最後の席替えでは一味違ったやり方であった。

 

 

ちょっとしたアンケートのような紙が渡され、

 

そこには、

*近くの席になりたい人

男子(       ) 女子(       )

*近くの席になりたくない人

(       )

 

というような質問が書かれていた。

 

もしかしたら(  )は一つずつではなかったかもしれないし、特にいなかったら書かなくてもよいという風になっていた気もする。

 

近くの席になりたくない人という直接的な表現でもなかっただろうが、ニュアンスしか記憶にないのでご勘弁を。

 


担任の先生は最後の席替えなのでなるべく希望を叶えようとしてくれたのだと思う。

 

おぼろげながらも覚えているのは、

近くの席になりたい女子は迷いなくすぐに書いた。

3人くらい書いたような気もする。

 

それから、近くの席になりたくない人というのは、

そこまで絶対に嫌!という子はクラスにいなかったものの、結構すぐにキレてしまう子がいたので、ちょっと申し訳ないなと思いつつも書いておいた。

 

 

問題は、近くの席になりたい男子である。

書くならこの子かなという候補は最初から頭の中に浮かんでいた。

 

しかし、書くまでに無駄にいろいろと考えた。

 

「(ここに書いたらその子のことを気になってるって先生にばれるの恥ずかしいな。)」

「(席替えした後近くの席になったということはどっちかしらが書いたということで、それがわかってしまって、いろいろ噂されたりするの嫌だな。)」

「(その子は私なんかより隣になりたい女の子がいるだろうに、私が書いたことでそれが叶わなくなったら迷惑かけるよな。)」

「(私の隣になって残念がられたらつらいな。)」

「(単純に自分の気持ちに正直になるのが照れるな。)」

 

とかなんとか。

 

 

小学6年生のちょっとませてきた年ごろの頭をフル回転させて、書こうかどうしようかを迷いに迷った。

 

とりあえず書かないでおいて、周りがどんな感じで書いてるかなと、全神経を研ぎ澄ませていた。

 

結構みんなもこそこそしていて、ためらいがちに書いていたような気がする。

 

 

だいたいみんなが書き終わったころ、先生が「じゃあいいかな?集めるぞ~」と言い出した。

 

「(え~どうしよう、書く?書かない?え~どうしよう!)」


「(最後だしな~、どうせみんなと別の中学に行くしな~…)」

 

「(こういうときに勇気を出せる人間にならねば!)」(←)

 

と、ぎりぎりまでダメ押しで迷った挙句、「えい!ままよ!」的なノリで、頭に浮かんでいたその子の名前を書いたのだった。

 


もちろん自分の希望が全部通るわけではないし、先生もそのように断りを入れていた。

しかし、蓋を開けてみたら、見事自分の希望は通っていた。

 

私はどちらかというと小学生にしては大人っぽい感じで、いつも俯瞰してみているみたいなところがあり、自分の言いたいことやりたいことを我慢して周りに合わせるということが多かった。

 

先生も、そんな私のスタンスに気づいていたのだろう。

だからか、この子がここに書いてきたなら!と張り切って私の希望を優先してくれたような気がする。

 

その男の子が他の子に指名されなかっただけという可能性もあるが。

 

 


そして、いよいよその席に移動。

 

希望した人と近い席になっているというのがわかっている状況では、なんだか恥ずかしいというか、照れるというか、一種の気まずさがあるというか、何とも言えない空気が流れていた。


私は隣になった男の子に何か言う前に、近くの席になって同じ班になれた女の子と大げさに喜んではしゃいでる風にしてみせた。

(もちろん照れ隠し)


そのあと、隣の男子が「よおっ」とかなんとか言ってきたので、何でもない感じを装って、適当な感じで返事をした。
(もちろん照れ隠し)

 

そのころから私のアマノジャク気質って始まっていたのね。

 

 

初日こそそんなぎこちなさがあったが、この席は小学校生活の中で最高の席だった。

 

仲良しの女の子が近いのも最高だったし、初恋まがいの気持ちを抱きながらその男子とふざけ合うのも楽しかった。

 

 

今では席替えのやり方ひとつとっても一歩間違うとモンスターペアレンツから何か言われてしまうかもしれない。

この担任の先生のやり方も今考えてみればちょっと危険な気もする。

しかし持っていき方や、おさめ方がうまかったのか、ほぼ全員が最後の席で楽しくやっているように見えた。

 

 

 

そんな小学校の思い出。

 

 

ちなみに、この小学校は公立で中学受験などをしなければそのままみんな同じ中学校に上がるのであるが、私は中高一貫の学校を受けたため、この学区メンバーで勉強するのは最後になった。


転校とか引っ越しする子にあげるノリで卒業の時にクラスの子たちからメッセージをもらった。

 

その初恋(?)の男子からは、なかなかうれしい言葉が書いてあった。

なんて書いてあったかというと…

 

 


うん、

 

なんて書いてあったか思い出せない☆(←)

 

 

多分5年前くらいまでは記憶していた気がするのだが……

ああ、私の記憶力。

「最後の席なかなか楽しかったぜ」的なことだったか?

私に好意がある?というか同じ水準で楽しめる同士として思ってくれているようなメッセージだった気がする。

 

ああ、ここに書こうと思ってはじめてメッセージの内容を忘れてしまったことがわかる。

 

なんという皮肉。

 

書き進めてくる間も、まさか忘れてしまったとは思いもよらなかった。

全然いい感じに締まらなくなってしまった。

 

ということで、甘酸っぱい?青春よりももうちょっとみるい小学生のころの思い出でした。

ローラーブレードで駄菓子屋に行った思い出

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小学生のころの話である。

 

小学校時代は遅くても3時過ぎには学校が終わり、まっすぐ家に帰ればまだ4時前である。

 

そこから夕食の7時ころまでのフリータイム。

 

宿題をやってもせいぜい30分くらいで終わってしまうので、やっぱり暇である。

すると、友達と遊んだりするわけである。

 

その当時は当然スマホなどはないので、やってもテレビゲーム。

しかし、テレビゲームも毎日やっていては飽きてしまうので、外で遊ぶ。

 

海が近かったので石投げに興じてみたり、禁止されてはいたがテトラポット探検をしてみたり。

 

また、当時の移動手段と言えば徒歩か自転車が主流だったが、

 

ある時は一輪車、

ある時はローラーブレード

ある時はキックボード、

ある時はローラー付きスニーカー、

 

と、流行りが移り変わり、いろいろなもので移動していた。

それに乗ったり、走ったりすること自体を遊びとして楽しんでもいた。

 

 

そのなかで記憶に残っているのが、ローラーブレードで駄菓子屋に行った時のことである。

 

結構練習して危なげなくローラーブレードを履きこなして(乗りこなして?)いたときだった。

いつもは歩きか自転車で向かうが、せっかくできるようになったローラーブレードを移動手段として使ってみたかった。

(「カードキャプターさくらへのあこがれ」と言えばわかっていただけるだろうか)

 

 

意気揚々を家を出て、5分もかからないところにある駄菓子屋に到着した。

 

そのまま店内に入ろうとしたところ、店主のおばあさんから、

 

「それ危ないから店入らないでくれる?」

 

と言われたのだ。

 

 

「(え?どゆこと?)」

 

「(危なくないし。)」

 

「(客だし!)」

 

と思っておそらく困り顔で立ち尽くしていたのだろう。

 

見かねたおばあさんが、

「それ脱いで入りな」と言ってきた。

 

 

「(え?脱ぐ?)」

「(つまり土間みたいな店の床を靴下で歩けと?)」

 

と一瞬考えたが、せっかくここまできたのにお菓子を買わずに帰ることはできない!と思い、結局ローラーブレードを脱いで店内に入ることにした。

 

 

無事200円分くらいのお菓子を買い、また、ローラーブレードを履き直して、家に帰ったのだった。

 

 

その時は友達も一緒だった。

帰り道その友達と、ちょっと愚痴りながら帰った記憶がある。

 

「まじあの言い方むかついたよね~」

 

「別に危なくないよね!」

 

「転んだりとかもしないし」

 

といった感じである。

 

 

子供心に、「自分のローラーブレードの実力を否定された」ように感じ、それと、単に注意を受けたことに対して反発したくなったということなのだろう。

 

 

そのときの気持ちは理解できる。

 

ただ、最近自分も思うのだ。

スケボーのようでスケボーじゃない何かに乗っている子やローラー付きスニーカー(や自転車でさえも)に乗っている子供を見ると。

 

「危なっ」「うわ、こけそう…」

 

と。

 

 

30年生きてきた経験から感覚が変わったのか。

車を運転するようになり、自分が加害者になる可能性があるという意識が植え付けられたからか。

 

自分も小さいころにやっていたようなことでも、今の大人になった自分が、同じようなことをしている子供を見るとひやひやする。

 

 

あのときの駄菓子屋のおばあさんも、

ローラーブレードのまま狭い店内に入ったら、

この子はバランスを崩して大胆に転び、

 

お菓子がぶちまけられたり、

ガラス製の商品棚が割れたり、

けがをしたり、

 

というビジョンしか見えなかったことであろう。

 

 

今なら理解できる。

 

 

 

そんな昔の記憶から、

子供が見ている世界、大人が見ている世界、それぞれの感じ方は大きく異なるのだなと思った次第である。

 

しかも、子供は大人目線で考えることはできないし、大人も子供心を忘れていたら子供の気持ちもわからないだろう。

 

そうして、そこに反発や摩擦が生まれるのかなとも思った。

 


30歳になった今、精神的にはしっかりと成熟していきつつも、子供の頃の感じ方を忘れずにいたいものである。

 

キックベースのトラウマ

キックベースをしている女の子のイラスト

 

いきなりだが、

私は自称“軽度の男性恐怖症”である。

 

 

友達に「なんで?」「きっかけとかあったの?」と聞かれて考えてみた。

 

「中高とも女子校で男子に対する耐性がつかなかった」

というのは原因の一つに違いない。

 

しかし、よくよく思い返してみれば、男性恐怖症というか男子苦手かもと思ったのは中学入学後が最初ではない。

 

 

では、いつ?と考えた。

 

 

そう、小学校5年生くらいのときのキックベースだ。

 


最近はコロナ事情とかいろいろで小学校の様子も変わっているかもしれないが、
私の時には昼休みや放課後は校庭が解放され、自由に遊ぶことができた。

 

 

小学校時代、

家に帰ってから遊ぶ友達といえば、クラスの仲のいい女子か近所の仲のいい女子ということが多かったが、

 

学校で遊ぶときには、基本クラス単位で男子女子関係なく集まっていた。

 

学校でできる遊びというと、外遊びになり、

だいたいドッジボールとか、長縄とか、各種鬼ごっこ、ドロケイ、タンタ(ご当地系ボール遊び?)とかをすることになる。

 

校庭のある程度広い場所を確保できた時には題名にあるキックベースをすることがあった。

広い場所をとれることは結構レアで多くても年に3回くらいである。

 

 

初めてキックベースをして遊んだ時のことである。

 

キックベースは野球のルールが基本になっているのだが、当時の私は野球についてまるで興味がなく、もちろんルールもほとんどわかっていなかった。

 

ピッチャーが投げて、バッターが打って、どうにかすると点が入って、どうにかするとアウトになる。

 

そのくらいの理解であった。

 

 

キックベースが始まり、攻撃の回から始まった。

 

サッカーは苦手であったが、ころころと自分に向かって転がってくるボールを蹴るくらいはできたし、場所が悪くても勢いよく飛んでいけばなんとなく格好がつく。

 

攻撃は問題なく終え、なんならちょっといい感じのキックができて得点に貢献したので、「お、やるな」くらいに思われていたかもしれない。

 

 

事件(大げさ)は守備の回になったときに起こった。


野球で言えば、内野あたりの守備をしていた。

「どうか私の方に飛んでこないでくれ」

と願ったが、こういうことは願えば願うほど、悪い方に行くものだ。

 


内野ゴロ的なボールが私の方に飛んできた。

ゴロなのでもちろんキャッチは簡単にできた。

 

そして、「なんかこのキャッチしたボールをどこかに投げなきゃなんだよな~」と思い、周りを見回したところ、2塁の子と目が合ったので、その子に向かって送球した。

見事2塁の子のほうに正確に飛んでいった。

 

「よし、これでひとまずおっけー」

 

とほっとしたその時、

 

「どこ投げてんだよ!」

 

「そっちじゃねーよ」

 

という声が聞こえた。

 


私「(え、なになに)」

と小さくパニックに。

 


「2塁じゃなくて1塁だろ~」

 

 

私「(2塁とか1塁とかなんなの?ていうか、私怒られてる?)」

 

と一瞬のうちにぐるぐると考え、

とっさの判断で

 

「でへへ、ごめんごめーん」

 

とへらへら謝ってみた。

 

 

それ以上に責められた記憶もないので、そのやりとりはそこで終わったのだと思う。

 

その瞬間はへらへらして気にしてないフリをしていたが、結構ショックで心臓がバクバクしていた。

 

今にも泣きそうだった。

結局そのあと泣いたのだが。

 

 

 

もうちょっと詳しく説明しておこう。

 

野球のルールを知ってから、この事件を思い返すと、

他のランナーは出塁しておらず、今蹴った子をアウトにする必要があったという状況であり、

ゴロだったのでそのキッカーは1塁に向かっている途中だったのだろう。

 

だから当然守備側としては1塁に送球するべきであり、ちょっとでも野球のルールを知っていれば常識の範疇の判断である。

 

しかし、そのときの私は何もわかっていなかった。

 

「(早くこのボールを自分の手から離して責任転嫁したい!)」という一心でたまたま目が合った子にパスしたのだ。

 

しかし、セオリーから考えてみれば私の判断は完全にミスであり、相手の得点につながってしまいかねないものだったので、私に文句を言った男子の気持ちも当然わかる。

子どもは遊びでも勝負事であれば、まず勝ちたいと思うことは当然であり、負けるかもしれない要因を作った子に対して何か言いたくなるだろう。


しかも、何も意地悪で言ったのではないし、多分その子は私が傷つくかもしれないなどということは1ミリも思っていないだろう。

 

 

でもその時の私はこの上なくやりきれない気持ちになったのである。

 

「(細かいルールなんて教えてもらってないし!)」

 

「(そんな風に言わなくてもいいじゃん!!)」


という反発心が大きくなってしまった。

 


もうその後のことはよく覚えていないが、その守備の回が終わって、

隅っこで休んで(控えて)いた時、

猛烈に悲しくなってきて泣いた。

 


え?泣くほど?

と思われるかもしれない。

 

 

でも、そのころから人前で泣かないことをポリシーとしていたのにもかかわらず泣けてきたのだ。

 


私は昔から怒られることが何よりも大大大嫌いだ。

それに負けず嫌いでプライドが高い。

おまけにしっかりものキャラで頼られることが多いタイプだった。

 

なのに、遊びの場でこんなふうにみんなに聞こえるように、

怒られるなんて!!!

 

言われた時にはへらへらしたふりを

悔しい気持ちで涙が出たのと、

友達が慰めてくれて余計恥ずかしかったのと、

男子こわい…という気持ちと、

いろいろな気持ちが湧き起こっていた。

 


そして、この先の私の人生に

「軽度の男性恐怖症」

という形で影響を与えたのだ。

 

 

そう言うと大げさだが、確かにこの出来事が物心ついてから初めてのきっかけである。


その男子のことを恨む気持ちはまったくないし、なんなら逆にいい人だとも思っている。

その男子にマイナスの感情を抱いたのはこの時くらいで、逆に優しくしてもらった記憶もある。

 

しかし、トラウマなんだな。

 


共学の中学校に行っていれば、

いい思い出に書き換えられた可能性もある。

 

しかし、この

男子こわい…苦手かも…

という思いが濃いまま中高と女子だけに囲まれて育ってしまったために、

男子への印象が変わらないままとなってしまった。

 

 


この男子(男性)への拒否感は心の中だけで渦巻いているものであり、表面には出さないようにしている。

 

周りの人から特に指摘されたこともないので、対外的にはうまく立ち回れているのだと思う。

 

しかもさすがにもうこの歳なので、男子苦手…とかぶりぶりしたことは言っていられない。

 

実際、職場などではストレスを感じるまでもなく、普通に男性ともコミュニケーションがとれる。

 


ただ、30すぎたのにちゃんと人を好きになったことがないのとか、
結婚はしたい気がするけど「ただいま~」って帰って人がいたらいやだなと考えてしまうのは、
この出来事も少なからず原因になっているのでは?と思わずにはいられない。

※ただの言い訳、責任転嫁、被害妄想では?ということは言わないでおく。

 

 

 

では。